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グラバー園について
 遠くスコットランドから渡来したトーマス・ブレーク・グラバーが、ここ南山手の丘に住まいを建設したのは1863年のこと。当時の長崎の街は、日本の新しい夜明けを夢見る人々の熱気であふれていました。
 大洋の波涛を越え、夢を抱いてやってくる異国の商人たち。倒幕の野望に燃える幕末の志士たちや、西洋の学問を志す日本の若者たち。あれから100年以上たった今も、ここはグラバーたちの家族が暮らした当時の記憶が、共に長崎を愛し長崎に暮ら した貿易商たちの邸宅が、形を変えることなく残されています。
グラバー園

「グラバー園」について
 昭和49年(1974)年の開園から、グラバー園は長崎を代表する観光地、そして居留地の華やかな暮らしと明治期における日本の近代化の象徴として、日本内外で名声を博してきました。元の位置に建つ旧グラバー住宅、旧リンガー住宅および旧オルト住宅は、国指定の重要文化財であり、日本における初期の洋風建築と欧米人居住者の生活と業績を伝えるかけがえのない遺産です。他の場所からグラバー園に移築された建造物や工芸品もまた忘れられた歴史の証人として重要な役割を果たしています。
 なお、旧グラバー住宅は「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼・造船・石炭 産業」と題する世界遺産暫定リストに登録され、内外から新たな注目を集めています。
 グラバー園固有の問題の一つは、移築された建物と元の位置に建つ建物が一緒に展示されているので混乱を招くことです。南山手の乙28番地に建っていた旧ウォーカー住宅は、グラバー園内に移築されることによってその雰囲気と存在感が薄れてしまったと言えましょう。同じく、フリーメイソン・ロッジの門柱を旧リンガー住宅横に設置したことは、グラバー園を訪れる人にフレデリック・リンガーまたはトーマス・グラバーがフリーメイソンであったのではないかという誤解を与えてしまう可能性があります。
 今後のグラバー園では、長崎居留地の輝かしい歴史とその居住者たちの業績の史実を明らかにしながら、そうした様々な誤解を訂正していく所存です。
 グラバー園の目玉の一つに、旧グラバー住宅付近の敷石に近年埋められた二つのハート形の石があります。この石は、見つけた人に幸運を与えるといわれていますが、私はそれに加えて、ここ南山手でかつて展開していた異文化の平和的共存を象徴し、長崎における新しい時代の国際交流を予感させるものになって欲しいと思います。

グラバー園散策マップ
グラバー園散策マップ

グラバー園リーフレット
グラバー園パンフレット
ブライアン・バークガフニ
国指定重要文化財と
グラバー園の建物
グラバー園散策
グラバーと日本の近代産業
グラバーと日本の近代産業
日本の近代化における歴史的価値が認められて、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼・造船・石炭 産業」が世界遺産に登録されました。
グラバー園内に残る「旧グラバー住宅」は、この世界遺産の構成資産の一つです。
旧グラバー住宅は、日本の近代化に貢献したトーマス・B・グラバーの邸宅です。多くの歴史的建造物が保存と公開の便益の為に移築が行われていますが、旧グラバー住宅は、建築当時のそのままの場所に今も建っています。
旧グラバー住宅の建てられた当時の日本は、居留地時代と呼ばれる近世から近代へと移り変わる時代の大きな節目を迎えていました。
時代の変革期を生き抜いたこの建物から、当時、ここで生きて生活していた人々の思いや息吹を感じ取って貰えれば、と考えております。
学芸員 横山精士

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グラバーと日本の近代産業PDFデータ
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旧三菱第2ドックハウス旧長崎高商表門衛所旧長崎地方裁判所長官舎旧ウォーカー住宅旧リンガー住宅旧オルト住宅旧スチイル記念学校旧自由亭旧グラバー住宅

 
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