| 龍と馬が組み合わさった麒麟(きりん)は、中国の伝説上の生き物で、幸運の象徴とされています。グラバーは、ジャパン・ブルワリ・カンパニーというビール会社を発足させましたが、温室のそばに座っている愛嬌のあるこま犬がその時のラベルに使われた麒麟の絵のモデルだといわれています。そしてラベルの麒麟のヒゲはグラバーの口ヒゲを元にしたものとか…。 |
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| 旧グラバー邸の台所の床に使われている煉瓦は、普通の煉瓦よりも薄くて、まるでコンニャクのような形をしています。縦にして並べて使っていたので、とても頑丈だったそうです。グラバーがつくった小菅修船場にもこのコンニャク煉瓦が使われています。 |
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長崎市の水道は1891年(明治24年)に創設されました。
当時は水道のほとんどが街路に立てられた共用栓であり、市街水栓番が朝水を出し、夕方に止めに回っていました。 |
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| 高島炭坑との連絡船の出航時に使われていたドラが、なんと旧グラバー邸の大食堂にあります。ここではもちろん食事の合図に使われていました。 |
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| 旧グラバー住宅の庭には大きなソテツの木があります。これは、薩英(さつえい)戦争の 終結の仲立ちや軍艦の建造に尽くしたグラバーに薩摩藩主がプレゼントしたもの。樹齢300年、国内最大級のソテツです。 |
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| グラバーの妻ツルが使っていた夫人部屋の廊下の天井には、窓のない隠し部屋があります。グラバーは倒幕派の薩摩藩、長州藩などに肩入れし、国禁を犯し自分の船で薩摩の若者をイギリスに密航させたり、長州へ大量の武器を売っていました。グラバー邸にはそんな幕末の志士たちが出入りし、密談を重ねていたのでしょう。 |
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| 旧グラバー邸には不思議な鏡があります。たぶん、ほとんどの人が鏡の前に立っても、顔さえ見ることができないでしょう。グラバーはかなり長身だった!?
いえいえ実はこの鏡、姿見ではなく、部屋を明るくするために設置されたものらしい。 |
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| 噂のハート型の敷石。これに触れると恋がかなうとか、2つ見つけると良いことがあるとか、いろんな伝説があります。一つは旧グラバー住宅の庭の方位盤の下にあります。 |
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| 三浦環像のある場所から、右斜め下に向かって道路の跡らしきものが残っています。これは、グラバーの息子の倉場富三郎が舗装させたといわれている現存する日本最古のアスファルト道路です。このあたりは、かつてテニスコートがあったらしく、南山手の斜面を切り拓いてテニスコートをつくり、リンガー家やグラバー家の人々はテニスを楽しんでいたのでしょうね。 |
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| 旧オルト住宅の裏には、天然の崖をくり貫いた貯蔵庫があります。意外に中は広く、幅3メートル、奥行きが9メートルもあります。常に20度くらいの温度を保つこの貯蔵庫は、暑い長崎において大変贅沢なものでした。ここにとっておきのワインを貯蔵し、お客さんにふるまっていたのかも知れませんね。 |
| 落石防止工事の為、現在閉鎖しております。 |
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| 長崎が生んだ砲術家・高島秋帆指導のもと、鉄砲鍛冶、野川清造が製造したと言われる和大砲です。 |
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| 長崎に住んでいた英国人が住居の門柱使ったもの。英国を発祥とする組織フリーメイソン(石工)のマークが刻まれています。 |
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| 第2ゲート入り口横には、かつて居留地の境を示していた石柱の数々と、三菱で使用していた錨(StockAnchor)があるので注目! |
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